My Son’s Favorite God Is the One His Parents Threw Away (Japanese)

息子がいちばん好きな神は、親に捨てられた神だった

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日本神話に、蛭子命という神がいる。日本の島々を造った夫婦神、伊邪那岐命と伊邪那美命のあいだに最初に生まれた子だ。骨のない身体で生まれた、とも。手足がなかった、とも。何か形の定まらない異常があった、とも言われる——どの古典を読むかで細部は変わる。ただ、親たちの対応だけはどこでも同じだ。葦で編んだ舟に乗せて、海に流した。

Izanagi and Izanami by Kobayashi Eitaku (1843–1890). These are the divine parents who set their firstborn child, Hiruko, adrift in a reed boat. Public domain.
小林永濯(1843–1890)「伊邪那美命と伊邪那岐命による日本の島々の創造」1885年頃 パブリックドメイン

画像説明(日本語): 絹本に墨と彩色で描かれた日本画。落ち着いた土色と淡い灰色の墨のにじみで構成されている。渦巻く霧の中から二柱の神が現れる。手前に、力強く歩を進める男神・イザナギ。ゆるやかな衣をまとい、天沼矛(あめのぬぼこ)——イザナミとともに混沌の海をかき回し、日本列島を生み出したとされる矛——を握っている。黒く乱れた髪、厳しく決然とした表情。その左後方に、雲に半ば隠れるようにして女神・イザナミが立つ。白い面持ちは静かで、幾重にも重なった衣が霧の中に溶けていく。二柱の表情に、慈しみや悲しみは見えない。『日本書紀』において、最初の子・蛭子を「不完全」と見なし、葦の舟に乗せて海に流した、その神々である。


現存する最古の日本の文献は、神々の最初の子にそういう運命を与えた。葬儀もなく、嘆きもなく。葦の舟と、何も気にしない海だけがあった。

息子は、この話が大好きだ。

もう一度言う。私がそうだったように、少し間をおいて受け取ってほしい。障害のある息子は、日本最古の歴史書のひとつ『日本書紀』を読み通して、自分に重なる人物を見つけた。不完全だという理由で海に流された、あの赤ん坊に。

そういう瞬間に備えてくれる育児書は、世界中どこにもない。「子どもが捨てられた神に自分を重ねたとき、親はどうすればいいか」という章は、どんな本にも存在しない。調べた。

私は日本で福祉ジャーナリストをしている。障害、介護、認知症、そして社会が静かに人を「役に立つ側」と「そうでない側」に振り分けていく構造について、長年書いてきた。周縁に生きる人たちを何百人も取材してきた。その人たちを効率よく切り捨てていくシステムについても書いてきた。障害のことは、わかっているつもりだった。

それが、自分の子どもが古い神話を見て「これが僕だ」と言った。

わかっていなかった、と気づいた。


ただ、蛭子の物語には続きがある。息子は、私よりずっと先にそれを知っていた。

蛭子は、死なない。

後の民間伝承で、蛭子は岸に打ち上げられ、漁師に拾われる。成長した彼は恵比寿になった——漁師と幸運と繁栄の神、七福神のひとりだ。にこにこ笑って大きな鯛を抱えた姿は、日本のビールのラベルにもなっている。彼は日本中にいる。神社に、正月飾りに、商売の屋号に。この国でもっとも親しまれている神のひとりだ。

親に捨てられた神が、幸運の神になった。

School of Katsushika Hokusai (18th–19th century). Ebisu (God of Luck, Protector of Merchants). Ink and color on paper. The Metropolitan Museum of Art, New York. Public domain
葛飾北斎派(18–19世紀)「恵比寿(幸運の神、商人の守護神)」墨・彩色、紙本。メトロポリタン美術館所蔵。パブリックドメイン。

画像説明(日本語):北斎派の力強い筆致による、紙本墨彩の絵。太い墨の輪郭線に朱・赤の淡彩がアクセントを加えている。恵比寿は、ふくよかで喜びに満ちた神として描かれ、折烏帽子(かざおりえぼし)の下で満面の笑みを浮かべている。幾何学模様や円紋で飾られた幾重もの装束をまとい、左腕には巨大な鯛——日本において豊穣と祝いの象徴——を抱えている。背後には釣り竿と矢のようなものが肩の上に伸びている。その全身から温かさ、おおらかさ、揺るぎない満足感がにじみ出ている。この姿にはいかなる悲劇の痕跡もなく、かつて捨てられた子であったことを示すものは何もない。これが蛭子の変容した姿である。治癒されたのでも、有用性によって贖われたのでもなく、ただ岸辺で見知らぬ者に受け入れられ、日本文化において最も親しまれる幸運の象徴の一柱となった神。


もう少し考えてほしい。日本神話でもっとも「不完全」な子どもが、他のすべての人の幸運の源になった。障害を克服したわけではない。「治った」わけでもない。感動的な努力の末に何かを証明したわけでもない。どこかの岸に流れ着いて、誰かに拾われて、ずっとそうであり続けるはずだった自分に、なっただけだ。

西洋にはヘパイストスがいる。身体に障害のあるギリシャの神で、醜いという理由で母ヘラにオリュンポスから投げ落とされた。鍛冶の神となり、神々の武器や宝をすべて作る最高の職人になった。それでも他の神々には嘲られ続け、妻のアフロディーテは堂々と浮気をした。天才であることと永遠の屈辱が、一生肩を並べて歩く物語だ。

蛭子には、違う結末が与えられた。役に立つことで居場所を勝ち取る必要はなかった。自分を捨てた者たちのために武器を作る必要もなかった。岸に辿り着いたとき、見知らぬ誰かが言った。「あなたはここにいる。それで十分だ」と。

息子が必要としていたのは、そういう物語だったのだと思う。


障害のある子を持つ親には、なかなか認めたくない真実がある。親はある意味で、いつも伊邪那岐であり伊邪那美でもある、ということだ。

葦の舟に我が子を乗せようなんて、思っていない。でも社会はすでに舟を作っている。学校制度という舟がある。就労市場という舟がある。電車の中で他人が子どもに向ける視線という舟がある。親というのは、誰かが作り続ける舟から子どもを引き上げるために、一生を費やすものだ。

ただ、これだけは防げなかった。舟があることに、息子が自分で気づいてしまったことだけは。

蛭子の神話を読んだとき、息子は悲劇を読んでいなかった。自分の自伝を読んでいた。海はもう知っていた。足元の葦も知っていた。ただ、1300年前の本が名前をつけてくれるまで、それに名前がなかっただけだ。

私は離婚を経験した。息子の小さな肩に、意図せず重いものを乗せてしまったことはわかっている。何も持たせたくなかったのに、荷物が何かもわからない年齢の彼に、荷物でいっぱいのスーツケースを手渡してしまった。

だから、息子がひそかに流れ着いた神に自分を重ねていたと知ったとき、罪悪感は——なんと言えばいいか——建築的なものだった。感情ではなく、建物だった。それには階数があった。


しかし息子は、どうやら母より賢かった。

蛭子が捨てられる場面で本を閉じなかったからだ。最後まで読んだ。蛭子が恵比寿になる場面まで。傷ついた子どもが、人々が幸運を祈るときに頼る神になる場面まで。物語がひっくり返って、捨てられた者が、誰もが自分の味方につけたいと願う存在になる場面まで。

息子が重ねたのは、被害者ではなかった。変容そのものだった。

私はジャーナリストだ。事実とデータと政策を扱う。介護者の燃え尽き率や、障害サービスへの予算配分を書く。数字で議論を組み立てる。でも私の持つ道具をすべて使っても、息子がやったことには届かない。神話の中に自分を見つけて、自分が恵比寿として終わる話を選んだ、あの一瞬には。


まだ答えが出ていないことがある。

岸でありたいと、ずっと自分に言い聞かせてきた。舟を出す親ではなく、息子が流れ着く大地でありたいと。ただそこにある場所。追いかけはしないが、消えもしない。彼が私のほうへ漂ってくるなら、ここにいる。距離が必要なら、岸は動かない。

詩的に聞こえる。良い親みたいに聞こえる。でも正直に言えば——これは、もうやりすぎてしまったかもしれないという怖さから、「何もしないこと」だけが唯一まだ状況を悪化させない選択肢に思えるときに、自分に言い聞かせることでもある。

自分が岸なのか、それとも海の一部に過ぎないのか、本当のところはわからない。母親業に地図はなく、障害のある子の親業に羅針盤はない。ただ現れ続けて、流れが優しいことを祈るだけだ。

でも、これだけはわかる。1300年前の本の中で、ある神が捨てられて、その場でいちばん幸運な存在になった。息子はその話を読んで、「そうだよな」と思った。

彼が神話の中に自分を見つけて、恵比寿としての自分——にこにこ笑って鯛を抱えて、来てくれたことを喜ばれている——を選べるなら、私も頭の中で舟を作るのをやめて、ただ岸でいられるかもしれない。

それで十分なのかもしれない。


日本をご存じない読者のために一言:恵比寿は今も日本中にいる。ビールのラベルに、商店街に、縁起物に。毎年1月には全国で恵比寿祭が開かれ、人々は繁栄を祈る。集まった誰も、彼が捨てられた話など頭にない。ただ、来てくれたことを喜んでいる。

それはきっと、誰にとっても何かを意味している。世界はあなたの出自を知らなくていい。にこにこ笑って鯛を持って現れてくれれば、それでいい。

息子はもうそれを知っている。彼はずっと恵比寿だった。私が伊邪那美であることに忙しすぎて、気づいていなかっただけだ。

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About the Author

Yu Taguchi is a welfare journalist based in Tokyo, Japan. The original story creator of the published manga, The World as Seen by Dementia (Takeshobo, 2023), she has contributed over 50 articles on disability, caregiving, and social welfare to major Japanese publications including Bunshun Online (文春オンライン), Nikkan SPA!, and Shueisha Online (集英社オンライン). She founded and served as editor-in-chief of “Aideal Hiroba,” a disability and minority-focused web platform that reached one million page views in its first year of operation. Yu Taguchi is the mother of a child with a disability. “My Son’s Favorite God Is the One His Parents Threw Away,” her first publication in English, is also published in Japanese—with thanks to the author—in this issue of Wordgathering.